かくれんぼ-2011
「① 隠れているもの」
目の前にする、あらゆる物事には、表面上だけでは、うかがい知ることのできない
良くも悪くも何か奥深いものが、必ず潜んでいるのだとするのなら、
かくれんぼをして遊ぶように、自分は”鬼”役になって、隠れた君たちをいつか見つけてみたい・・・
・・・と、そんな思いから、このブログの今回の記事を題材にして、
背後に、一体何が隠れているのかを鋭く探ってみる事にした。
優しい眼差しで、時に厳しく、注意深く、余すところなくこのブログの記事を読んでいく・・・・
いろんな角度から・・・・
徹底して・・・・
検証してみたが、今のところそれが潜む気配は何ひとつ見当たらない。
気分転換に、体幹を鍛えながら読んでみたり・・・・
念の為、穴を掘ってみたり・・・・
ちょっと疲れたので、湯船に浸かりながら、ボ~っと眺めてみたり・・・・
だが、そんなものはちっともつかめない。
そんなものって本当にあるのかな?
湯船の心地よさが、いつの間にか僕に眠気を誘い
だんだんと薄ら遠のいていく意識の中で、
「見つけるのはもう無理」と言って、皆を探すのを放棄し、
かくれんぼの途中でこっそり家に帰ってしまった子供の頃のそれと、
ちっとも変わってないような今の自分に、ほとほと呆れ、
さらに気が遠くなり、
「それでもいいや・・・」と
なかば諦めかけていたその時に、
「背後への入り口」
・・・・なる箇所を見つけた!
この先にあるものこそ、この記事の背後に潜む何とやらにちがいない!
僕は諦めてなんかいないし、子供の頃の自分とはちがう。
僕は、やっと見つけたんだ!
だから、この入り口の先にどんな結末が待っていようとも、
決して後悔はしないんだ。
そう思うと、僕の胸の鼓動は一瞬でMAXに至り、
しょぼくれかけていた僕の自尊心も、大きく振るえたつのが分かった。
そして僕は、躊躇(ちゅうちょ)することなく
その入り口から、この記事の背後へと潜入していったんだ・・・・
・
・
・
・
深く
・
・
・
・
深く
・
・
・
それを見つけるまで
・
・
・
僕は帰らない
・
・
・
何でもいいんだ
・
・
何かをつかめれば
・
・
・
・
・
だがしかし、
なんにも・・・・
なかったんだ。
なんにもね。
みんながびっくりするような
そんなものは、なんにも。
僕の激しい鼓動は、一瞬で平常の値に戻っていた。
僕は、出口に戻る途中、子供の頃に大好きだった「水曜スペシャル探検隊」の
エンディングで流れていた曲をつい思い出してしまった。
「原人バーゴンは、”今回”は見つからなかった」というあのナレーションと共に・・・・
「② 今回のプロジェクトを振り返ってみて」
今回我々は、物事の背後に隠れた”何か”を探すというとても壮大なテーマのもとで、
当ブログの総力を結集して組まれた一大プロジェクトをどこまでも果敢に
そして、最大限の勇気を振り絞って挑んできたのであるが、
残念ながら”今回”は何も見当たらなかった。
あの「背後への入り口」なるものが、単なるガセネタだった可能性は十分にあるのだが、
しかし、それ以外にも、この記事のあらゆる箇所を十分に探索したし、
徹底して検証したのも事実である。
そのことは、みなさんも十分に理解してくれることだろう。
それでも尚、”何も見当たらなかった”というのは、
この記事が、単に”上っ面だけ”のものであり、
背後もへったくれもない、思わせぶりなだけの薄っぺらな記事でしかなかったという
見解も頭の隅に入れておかなくてはならないだろう。
だが、そのような事は、この記事を書いたブログのオーナーにとって、
どうしても覆い隠したい事実にちがいない。
そういう彼の気持ちに沿うように、あるいは、彼の焦りを覆い隠すように、
”それはすなわち、裏のないクリーンな記事だったという事であり、
至極安全な無毒無害を意味するところのものである。”
・・・という一見、耳障りの良い馬鹿げた結論を下す事もできる。
だが、そのような耳障りの良いフレーズにこそ、背後に隠された何かキナ臭いものを
感じなくてはならないのだ。
「③ オフレコとして」
・・・でも実は、あの時、何かを見た気がする。
いや、見たというか、妙な感じがしてね。
もしかしたら、そのような妙な感覚こそが、
物事の背後を知る唯一の入り口なんじゃないかと
にわかに思ったんだ。
確かに、この記事の背後には、大したものは何もなく、
糞も飛び出さないほどの空っぽさしかなかったように思われる。
だが、そのあまりの空っぽさに雑音さえも生まれず、
唯一、聞こえるのは、自分の心臓の鼓動だけ。
それが唯一の温もりある生音だった。
そんなシンと静まり返った不気味な静けさの中で
僕は僕の温もりだけを頼りに戻る道を見定めた。
心臓の音って、こんなにも大きく聞こえるんだっけ・・・・
生まれて初めて自分の生きる鼓動を聞いた気がした。
そんな中、わらをもつかむ感覚で握った自分の中の確かな感覚。
不自然に背後を隠そうとするものと、堂々と背後に隠れて見えにくいだけのもの。
表に聞かせない音、表に聞こえない音・・・・確かに聞こえる音。
何かが見えてきたような気がする。
何も見えなかった、あの空っぽの暗闇で、
僕は、自分の生きてる音が、見えたんだ。
表面上では、うかがい知ることの出来なかった、
背後に秘められた自分自身の生きてる姿を。
きっと、あらゆる物事も、全てが生きている。
それら一つ一つの生きている音が、聞こえるだろうか?
生きている音が見えるだろうか?
物事の背後を知る入り口は、生きている自分自身の中に
きっとあるにちがいない。
目の前にする、あらゆる物事には、表面上だけでは、うかがい知ることのできない
良くも悪くも何か奥深いものが、必ず潜んでいるのだとするのなら、
かくれんぼをして遊ぶように、自分は”鬼”役になって、隠れた君たちをいつか見つけてみたい・・・
・・・と、そんな思いから、このブログの今回の記事を題材にして、
背後に、一体何が隠れているのかを鋭く探ってみる事にした。
優しい眼差しで、時に厳しく、注意深く、余すところなくこのブログの記事を読んでいく・・・・
いろんな角度から・・・・
徹底して・・・・
検証してみたが、今のところそれが潜む気配は何ひとつ見当たらない。
気分転換に、体幹を鍛えながら読んでみたり・・・・
念の為、穴を掘ってみたり・・・・
ちょっと疲れたので、湯船に浸かりながら、ボ~っと眺めてみたり・・・・
だが、そんなものはちっともつかめない。
そんなものって本当にあるのかな?
湯船の心地よさが、いつの間にか僕に眠気を誘い
だんだんと薄ら遠のいていく意識の中で、
「見つけるのはもう無理」と言って、皆を探すのを放棄し、
かくれんぼの途中でこっそり家に帰ってしまった子供の頃のそれと、
ちっとも変わってないような今の自分に、ほとほと呆れ、
さらに気が遠くなり、
「それでもいいや・・・」と
なかば諦めかけていたその時に、
「背後への入り口」
・・・・なる箇所を見つけた!
この先にあるものこそ、この記事の背後に潜む何とやらにちがいない!
僕は諦めてなんかいないし、子供の頃の自分とはちがう。
僕は、やっと見つけたんだ!
だから、この入り口の先にどんな結末が待っていようとも、
決して後悔はしないんだ。
そう思うと、僕の胸の鼓動は一瞬でMAXに至り、
しょぼくれかけていた僕の自尊心も、大きく振るえたつのが分かった。
そして僕は、躊躇(ちゅうちょ)することなく
その入り口から、この記事の背後へと潜入していったんだ・・・・
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深く
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深く
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それを見つけるまで
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僕は帰らない
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何でもいいんだ
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何かをつかめれば
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だがしかし、
なんにも・・・・
なかったんだ。
なんにもね。
みんながびっくりするような
そんなものは、なんにも。
僕の激しい鼓動は、一瞬で平常の値に戻っていた。
僕は、出口に戻る途中、子供の頃に大好きだった「水曜スペシャル探検隊」の
エンディングで流れていた曲をつい思い出してしまった。
「原人バーゴンは、”今回”は見つからなかった」というあのナレーションと共に・・・・
「② 今回のプロジェクトを振り返ってみて」
今回我々は、物事の背後に隠れた”何か”を探すというとても壮大なテーマのもとで、
当ブログの総力を結集して組まれた一大プロジェクトをどこまでも果敢に
そして、最大限の勇気を振り絞って挑んできたのであるが、
残念ながら”今回”は何も見当たらなかった。
あの「背後への入り口」なるものが、単なるガセネタだった可能性は十分にあるのだが、
しかし、それ以外にも、この記事のあらゆる箇所を十分に探索したし、
徹底して検証したのも事実である。
そのことは、みなさんも十分に理解してくれることだろう。
それでも尚、”何も見当たらなかった”というのは、
この記事が、単に”上っ面だけ”のものであり、
背後もへったくれもない、思わせぶりなだけの薄っぺらな記事でしかなかったという
見解も頭の隅に入れておかなくてはならないだろう。
だが、そのような事は、この記事を書いたブログのオーナーにとって、
どうしても覆い隠したい事実にちがいない。
そういう彼の気持ちに沿うように、あるいは、彼の焦りを覆い隠すように、
”それはすなわち、裏のないクリーンな記事だったという事であり、
至極安全な無毒無害を意味するところのものである。”
・・・という一見、耳障りの良い馬鹿げた結論を下す事もできる。
だが、そのような耳障りの良いフレーズにこそ、背後に隠された何かキナ臭いものを
感じなくてはならないのだ。
「③ オフレコとして」
・・・でも実は、あの時、何かを見た気がする。
いや、見たというか、妙な感じがしてね。
もしかしたら、そのような妙な感覚こそが、
物事の背後を知る唯一の入り口なんじゃないかと
にわかに思ったんだ。
確かに、この記事の背後には、大したものは何もなく、
糞も飛び出さないほどの空っぽさしかなかったように思われる。
だが、そのあまりの空っぽさに雑音さえも生まれず、
唯一、聞こえるのは、自分の心臓の鼓動だけ。
それが唯一の温もりある生音だった。
そんなシンと静まり返った不気味な静けさの中で
僕は僕の温もりだけを頼りに戻る道を見定めた。
心臓の音って、こんなにも大きく聞こえるんだっけ・・・・
生まれて初めて自分の生きる鼓動を聞いた気がした。
そんな中、わらをもつかむ感覚で握った自分の中の確かな感覚。
不自然に背後を隠そうとするものと、堂々と背後に隠れて見えにくいだけのもの。
表に聞かせない音、表に聞こえない音・・・・確かに聞こえる音。
何かが見えてきたような気がする。
何も見えなかった、あの空っぽの暗闇で、
僕は、自分の生きてる音が、見えたんだ。
表面上では、うかがい知ることの出来なかった、
背後に秘められた自分自身の生きてる姿を。
きっと、あらゆる物事も、全てが生きている。
それら一つ一つの生きている音が、聞こえるだろうか?
生きている音が見えるだろうか?
物事の背後を知る入り口は、生きている自分自身の中に
きっとあるにちがいない。
おはようございます^^
もう(><)朝から・・・
時間なくなっちゃいますよ(汗
3回も読んじゃった(爆
私はね目で見て耳で聞くんじゃなくて
手で聞いて脳で見てる^^
それこそ朝から何言ってんだよ・・って話ですね^^;
すみません♪~
by shio (2011-02-01 07:20)
物事の表裏が一体だった場合には、背後に穴を開けたと同時に表も無くなってしまう、というようなこともあるかもしれませんね。
そにしてもこの彫塑すばらしいです。感激しました。
by gillman (2011-02-01 09:17)
shioさん、こんにちは。たった、3回だけですかぁ・・・・。我々探検隊は
モニタ画面が擦り切れるくらい、10000回は読みくだしましたよ(爆)
~以前、整体院の店舗デザインを仲間うちでやった時に思ったのですが、施術者は、患者の全ての訴えを触れた手で聞き取ってるように思いました。もし、施術者がカワイイ子だったら、僕の下心は、手で聞き取られ、脳で見透かされて呆れられるのかもしれません(爆)
by t-youha (2011-02-01 16:37)
gillmanさん、こんにちは。gillmanさんの仰るような、表裏がなくなってしまうという発想は一つの救いになりそうですね。表と裏という概念は、時に人間の心を苦しめます。表裏一体のものを、表と裏それぞれが別物であるかのように捕らえるとなおさらです。
~彫塑ですが、僕はいまだに粘土遊びが大好きです。いい大人が・・・・
などと、周りから呆れられてしまうのを恐れて、今まで隠してきた裏の一面でした。
by t-youha (2011-02-01 16:58)
ブラボー!
この記事を作るためにこんだけ作り込んだ
おバカさ加減に感服。。。(←この場合の「バカ」はいい意味です)
それにしても見事な粘土細工だ。。。
by cjlewis (2011-02-01 18:48)
cjlewisさん、こんばんは。
いや~、作りこむよりも後片付けの方が大変です。身の回りの物が、粘土の油でベットベトです・・・。その辺のところをもう少し考える賢さを身に着けなければ・・・!でも、今後もおバカさ全開で行きますよ~!
by t-youha (2011-02-02 02:00)
表現力も然ることながら、t-youha さんの対象に向き合うスタンスに拍手したいです。感心します。
by 扶侶夢 (2011-02-02 09:49)
こんばんは
最後は”川口探検隊”まで登場するとは流石です。
鬼さんもどこかかわいらしさがあって面白いですね。
by may_r (2011-02-02 22:42)
扶侶夢さん、訪問とコメント、本当にありがとうございます。
対象との向き合い方は多少不器用な面がありますが、それに懲りずに何度でも向き合う姿勢は崩しません。それでも何かに向かって進んでる気がすれば、回答を得ずとも後悔することはありません。
自分の中の誤魔化しの要素でカッコ付けずに、表現していけたらといいなと思っています。
by t-youha (2011-02-03 00:05)
may_r さん、こんばんは。
”川口探検隊”!そう、そのフレーズがほしかったんですよ~。
子供の頃好きだったと言っておきながら、川口浩の名が思い出せなかったとは・・・・。でも、”水曜スペシャル探検隊”で通じてよかったぁ^^
by t-youha (2011-02-03 00:11)
t-youha さん、こんにちは。
訪問&コメントありがとうございました。
最初にこの記事を読んだ(見た)時
なんてリアルなんだろ!と思いました。
特に地下?に降りていく場面など超リアルに
見えました。
また寄らせていただきますね。
by たこ (2011-02-03 14:49)
作ったり、書いたりすることで、思考して行くプロセスを見せていただいているようで、とても興味深いです。
by galapagos (2011-02-03 20:14)
たこさん、こんばんは。リアルに見えましたか~^^
確かに地下に降りていく時が一番ドキドキしましたよ。
あれは、自分でもありますので。
もし、そのドキドキ感が粘土に投影されてリアルに見えたのなら、
大成功です!。
by t-youha (2011-02-04 03:44)
galapagosさん、こんばんは。
今回も恥ずかしい内面を晒してしまいました・・・・。
行き当たりばったりの要素を残しつつ、自分が本当に探検しているかのように、粘土にこの記事の行く末を託しました。
by t-youha (2011-02-04 03:51)
面白いですね!!
こんなブログの見方があったのかぁ~(笑)
by toki (2011-02-04 19:16)
tokiさん、こんばんは。
So-net ブログの利用規約に
”ブログはちゃんとイスに座って、大人しく読みましょう!!”
とは書かれていなかったもので・・・・。つい・・・・。
・・・って、たんに落ち着きのないヤツなんじゃん(爆)
by t-youha (2011-02-05 02:32)
t-youhaさんは感性が独特ですね。とても素敵なことです。ちゃんとアートしてるのにとてもカジュアルで今回も楽しめました。
背後は見たほうがいいのか?いや単に見たいだけなのか。
by birdland (2011-02-05 21:24)
birdlandさん。こんにちは!
いつも、力になるような言葉を頂きとても感謝しています。
背後といっても、様々なニュアンスがありますね。そのへんのところ、今の僕は厳密に分けていません。それでも僕には、見えていた方がいいかもしれないな~と思うことがたくさんあります。でも、見るまでもないようなものも、世の中にはたくさんあると思います。必要以上に背後を探って、それが
前面に押し出るような事になると、それはそれで不自然だなぁっと思ってもいます。
by t-youha (2011-02-06 17:52)